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マウカメドウズ農園では、早朝に訪れると摘みたてのバナナが食べ放題だ。
日によってはマンゴーやパイナップルもサービスされるとのこと。
もちろん、ここでのメインディッシュは、挽きたてのコーヒーである。
これらはいくら食べても飲んでも無料だが、
挽きたての100%ピュアマウカメドウズコーヒーを飲ませてもらったが最後、
お土産に(もちろん自分の)いくつか買わずにはいられなかった。
私は無類のコーヒー好きなので、ここのコーヒーは、賞味期限さえなければ、
10年分くらいまとめて買いたいと思うほど素晴らしい味だ。
コーヒーも他の食べ物と同じで、摘みたて、挽きたて、に越したことは無い。
ワインのようにビンテージというものがあればよいのだけど。
京都伊○丹で100%ピュアコナコーヒーが100g、1300円していたが、
これを飲んでみると、残念ながら、香りと味が天と地ほども違った。
やはり、輸送に数週間?数ヶ月?かかって日本の店先に並んだ商品の性なのか。
コーヒーは、煎ってから1週間が、挽きごろ、飲みごろだと言うことなので、
ハワイで煎りたてを購入して、日本で挽けば丁度良いということになる。
もちろん、この農園で買った豆に限って、日本のドトールでは無料で挽いてくれる。
コナコーヒーの生産量は世界のコーヒーの1%にも満たず、
ほとんどが、世界最大のコーヒー輸入国アメリカで消費され、
そのほとんどがレストラン用になり、
更には、そのほとんどが「高級」と名の付くレストランで使われるらしい。
幸い、日本人はハワイに旅行する人が多く、お土産にコナコーヒーを選ぶ人も
かなりの数いるので、(ただ、何故かバニラテイストを好む人が多いが・・・)
コナコーヒーの価値など考えなかったかもしれないが、
100%ピュアコナコーヒーは、とても希少価値のある飲み物なのである。
◆コーヒーベルトのあるフアラライ山
亜熱帯地域に属するハワイ島は、亜熱帯といえ、海抜4000mの地点では
雪も積もるので、それだけ気候帯が広く、非常に恵まれた自然環境でもある。
何故恵まれているのか?と言うと、海抜1000m辺りでは雨も多く、
コーヒーを栽培するのに最も適した気候になっているので、
ハワイの人々は、亜熱帯地域で採れた、パイナップルやバナナなど、
熱帯特有の果実だけでなく、コーヒーまでもが美味しくいただけるのである。
フラットな島であれば、このような食の恵みはもたらされなかったことだろう。
この海抜1000mの地帯はコーヒーベルトと呼ばれる。
いくつかある農園には、日本でもおなじみのコーヒーメーカーもある。
中でもドトールが経営する「マウカメドウズ農園」はコーヒーだけでなく、
フルーツやマカデミアナッツなども栽培され、園内に植えられた熱帯植物が
常に開花しているので、熱帯植物園として楽しむこともできる。
ここを訪れるのは朝一番が良いだろう。
早朝は観光客もいないし、香り立つ早朝ならではの空気は五臓六腑にしみる。
スプリンクラーから吹き出る水のリズミカルな音が、五感の働きを刺激し、
こういう所で日々生活していると、きっと免疫力も高まるのだろう。
元気そうな年配のハワイアンが、意気揚々と庭の手入れをしていた。
美しく整備された坂道をゆっくり下ってくると、焙煎工場が見えてくる。
小屋のような工場の横には、この風景にはなくてはならないラグーンがあり、
その向こうには、遥か1000m下のヒロの町並みと、
海と空との境の見分けが付かないほどの壮大な水平線の風景が広がっている。
◆昔の入り江とアフエナ・ヘイアウ(←真ん中奥の家) ↑K氏
コナでは、キングカメハメハコナビーチホテルに宿を取った。
ホテルにはカメハメハ大王の肖像画や大王にまつわる歴史画が飾ってある。
カメハメハ大王は、ホテルの南側にある小さな入り江で晩年を過ごしたと言う。
今でも草葺の家、兼、神殿「アフエナ・ヘイアウ」がそこに建っている。
「ヘイアウ」とは神殿を意味する。
神殿というと、私のなけなしの知識からは、古代ギリシャのパルテノン神殿
くらいしか思い浮かばないのだが、それと比べると、随分と質素なものだ。
これは、西欧とハワイで神に対する考え方の違いがあるからではないだろうか。
西欧での神は人間を超越した力を持つ存在で、万物を司っている者であると
されているが、ハワイでの神は「気」のような存在であると言えるだろう。
(オーストラリアのアボリジニが、精霊を崇めることに等しいと思う。)
ガイドブックに、訳されていた「神殿」というのが、どこか無理があるのだ。
(アボリジニの聖地エアーズロックを神殿と呼ぶようなものだと思う。)
翻訳には、どう転ばせてもピッタリと訳すことのできない言葉があるのは、
これは仕方のないことである。
神殿はさておき、「大王の家」でもあったわけだが、それにしては小さいなぁ。
◆現在の入り江とアフエナ・ヘイアウ
パーカー牧場にあるパーカーランチショッピングセンターを190号線へ入り、
マウナケアの裾野を南下し、そのまま一気にコナへと向かう。
15分ほど走ると、左手にマウナケアの南裾を通ってヒロまで突き抜ける、
悪名高い?サドルロードが見えて来る。
この道は、狭い上にアップダウンが激しいのでとても見通しが悪い。
更に、慣れている地元のドライバーはビュンビュン飛ばして運転するので、
我々よそ者ドライバーにとっては非常に危険な道であるらしく、
レンタカーの保険の対象外に指定されている。
ただ、この道はハワイ最高峰のマウナケア山頂へとつながっているので、
保険の事などお構い無しの、多くの恐れ知らずのおのぼりさんドライバーが、
足を踏み入れ、事故の種を蒔きちらすらしい。
私は臆病者なので、到底そんな勇気ある行動を取ることはできない。
(臆病というのは、保険が利かない場所を運転して事故に遭う事もそうだが、
そういう行動をとる事によって、妻から叱責を受ける事に対してもである)
サドルロードに後ろ髪を引かれること約20分、(本当のところ私も運転して
マウナケアまで自力で登って見たいのだ)
若草色だった牧場から、茶褐色の溶岩地帯へと景色が一変した。
この溶岩地帯は、マウナロアの噴火によって、ここまでトロトロと流れて来た
ものであり、「カニク・ラバ・フロウ」と名が付けられている。
ラバ・フロウとは「溶岩流」のことであり、カニクとは溶岩流に飲み込まれた
一つの集落だったと思われる。
当時、4169mのマウナロアの爆発は、それは凄まじかったことだろう。
それを物語るかのように、このハワイで最も長い溶岩流は、ここから数キロ先
のワイコロアビーチリゾート辺りまで達し、海へ落ち込んでいる。
富士山の噴火で流れ出した溶岩が富士市を焼き払い、田子の浦まで達する
ようなものではないだろうか。
◆カウプレフ溶岩流(遠くにワイコロアリゾートが小さく見える)
その隣にある溶岩流は、1895年の噴火で流れてきたものであることから、
「ラバ・フロウ・オブ・エイティーンナインティファイブ」と名が付いている。
更に10分程走ると、標高2521mのフアラライ山からの溶岩流カウプレフ
があり、そのちょっと先にも同山からの「1801年の溶岩流」が残っている。
ハワイ島は、産声を上げてからまだ何年も経っていない若い島なので(とは
言っても100万年は経っているが)、今なお成長を続け、有史時代になり、
近年になっても何度か噴火しているため、あちこちの溶岩は風化しきれず、
その姿をさらけ出したままである。
面白いことは、それぞれの溶岩がそれぞれの顔をちゃんと持っており、
その表情でハワイ島の歴史を垣間見ることができることだ。
すれ違う車が少しずつ増えてきた。
190号線がクイーンカアフマヌ通りと交差する際、信号が赤に変わった。
車を停止させ、後ろを振り向くとフアラライ山の雄姿が夕陽に照らされていた。
そんなフアラライの溶岩を基礎に築かれた町、コナに着いたのだと気付いた。
◆コナの町のメインストリート、アリイ・ドライブとカイルア湾
ドライブインからワイピオ渓谷へ寄り道したあと、再びハイウェイへ出た。
この辺りから、海沿いを走っていた19号線は内陸へ向かうが、
マウナケア山の裾野をひた走ることに変わりはない。
それにしてもマウナケアはでかい。
マウナケアがお釈迦様の手で、我々は孫悟空のようにもて遊ばれているようだ。
島の内側に入ると気候の変化と共に、熱帯雨林もいつしか草原へと変わる。
草原がマウナケアへと延びて行くなだらかな丘陵は素晴らしく和む風景である。
(こういう風景のある場所に一度は住んでみたいなぁ~)
この辺りに位置するパーカー牧場は、全米で3番目に広い事が自慢らしいが、
世界で最も広い牧場を持っている国オーストラリアに住んでいたせいで、
牧場の広さに関しては、特別何の興味も感じなくなってしまった。
一体、牧場の広さなど何で測れば良いのだろう。
見た目はオーストラリアののっぺりとした牧場より、マウナケアの傾斜によって、
遥か遠くまで見通せるパーカー牧場の眺めの方が圧倒的に広く思えるので、
人間の自然に対する感覚などは、大したものではないのだな、と、つくづく思う。
◆ハワイの牧場に、なぜサボテンが生えている?
パーカー牧場には、なぜかあちこちにサボテンが生えている。
これはオーストラリアの牧場では見られない風景だ。
昔、牧場で働くメキシコ人の牧童たちがテキーラを作る為に植えたものだそうだ。
それと、ユーカリも生えている。
こちらはオーストラリアの牧場で見られる典型的な風景だ。
元はと言えば、サトウキビ畑の風除けにオーストラリアから持ち込まれたそうな。
ユーカリの成長の速さは折紙付である。
オーストラリアから持ち込まれたのはユーカリだけではない。
マカダミアの木がタスマニア島から持ち込まれたのは、今でこそ有名な話だが、
ほんの数年前までの日本人観光客は、そんなことも露知らず、
マカダミアナッツこそ最もハワイらしいハワイ原産のお土産だと思い込んでいた。
マカダミアナッツのおかげで、ハワイの観光産業は相当潤ったに違いない。
(ワイキキDFSの床面積の半分は、きっとマカダミアナッツのおかげだろう)
マカダミアナッツのエピソードは、お金儲けにはとことん疎いオーストラリアと、
世界で最も商売上手であろうアメリカを比較する上で面白い。
何はともあれ、ハワイの牧場は何かと話題を提供してくれたのであった。
◆牧場にユーカリ。この部分だけ切り取るとまるでオーストラリアの風景だ。
ヒロから19号線を北上すると、いつのまにか、西へ向かって進んでいる。
マウナケアの裾野に沿って、大きな半円を描くように走っているからだが、
地図を見てそう思うだけで、実感はない。
腹が減ったので、240号線との分岐点にある町ホノカアのドライブインへ
立ち寄り、私はロコ・モコを注文した。
ロコ・モコは、ヒロに移住してきた日系人が最初に作ったとも言われている。
確かに、どのガイドブックにも書いてあるように、日本人の口に馴染む味だが、
目玉焼きとハンバーグにグレイビーソースをたっぷりとかけたどんぶりは、
コレステロールを最高に高めてくれる代物でもあることを忘れてはならない。
こういう物がいまだに美味しいと思える自分は、まだまだ若いということだ、
と、そういうバロメーターとしての役割を旅の食事は担ってくれるのだ。
(と、そう考えることで、罪悪感を放り投げている自分がいるのだが・・・)
妻と同乗者のHさんは、野菜サンドを注文したが、アメリカでサンドイッチを
注文すると馬鹿でかい一品が出てくることをコロッと忘れていたようだ。
わかっちゃいるけど、こういうことは旅の出だしは忘れているものである。
半分残した挙句に、食後はよほどアゴが疲れたらしく、げんなりとしていた。
同乗者のK氏は、サイミンを食べ、日本のうどんを思い出していた。
サイミンとは、海老のだしを使ったヌードルである。
うどん、と言うよりはあっさりしたラーメンのような味だ。(沖縄そばに近い?)
まぁ、K氏が ”思い出した” のが、うどんなので、味については何でも良い。
ともかく、欧米人はあまりヌードルをメインディッシュにすることは無く、
日本人がラーメン屋に群れることを不思議に思う人も多い。
そういう風調だからか、このハワイのサイミンは見た目も主菜というよりは
副菜のような風体で、味も日本の立ち食いうどんと比べても(別に比べなく
ても良いのだろうけど、あえて比べてみると)いささかパンチに欠けていた。
しかし、副菜に値するスープとして考えると、なかなかいけると思っている。
カップヌードルをスープ代わりに食べるのであれば、これの方が健康的だし。
◆ロコ・モコは「ハワイアンどんぶり」とも言われる?
ヒロから時計と逆周りで島を1周することにした。
一般的にコナに滞在する人はコナ空港を利用するのだが、私がヒロ空港発着と
した理由は、そうしないとヒロへ行く機会を逃してしまうと思ったからである。
雨が多すぎて、リゾート地としては三流以下(ゴメン)になってしまっている
ヒロに滞在するつもりは毛頭無かったのだが、日系が中心となって栄えてきた
町を無視する訳にもいかなかった。
ヒロという地区は本当に雨が多い。
ハワイ島北部には、ハワイ最高峰マウナケアがドカっと腰を下ろし、ヒロから
山の裾野を回りこむように北西へ進んだ島の北東部辺りが雨の多い地域になる。
標高4000mを超えるマウナケア山が貿易風の盾の役割を果たす(ここに
雨雲が形成される)ためである。
今日も例に漏れず「曇りときどき雨、そして、たまに晴れ」といった天気だ。
しかし、オーストラリアのケアンズやシンガポールなどでもそうだが、
熱帯に属する地域では、雨は雨でも梅雨や秋霖のように、シトシト垂れる感じ
で降るのでなく、サアーっと吹くような感じで降る(ように感じる)。
いやぁ、熱帯の雨は実に気持ちのよい風物である。
起伏のある熱帯の島に長年に渡って多くの雨が降り注ぎ、大地が削られ草木が
大量に繁茂したことで、ハワイの各島では、他ではあまり見ることのできない
ような、ダイナミックな地形があちこちに映画のセットのように潜んでいる。
恐竜映画ジュラシックパークは、カウアイ島とオアフ島で撮影されたが、
それがハワイ島だったとしても、いささかも見劣りしなかったことだろう。
自然科学者に、ジュラ紀の地球上の風景はこんな感じでした、と断言されたら、
はいそうですか、と疑う余地なく信じてしまうほどの風貌がハワイ島にはある。
◆標高4205mのマウナケアが雲の上から顔を出して私達を迎えてくれた。
小雨降りしきる中、ヒロ空港に到着した。
「ハワイ島では毎日どこかで、雨が降っているんだ」とあらかじめ予約して
おいた先のレンタカーオフィスのスタッフが言っていた。
予算の都合上、車種をコンパクト車にしたのが失敗。
大人4人、大型スーツケース2個、小型キャリーケース2個は、
どう押込んでも(実際には押込む前から判断できた)車体に収まりきらない。
洗車を終えて、駐車場でピカピカに光っている銀色の車(車種は忘れた)に、
(絶対に無理だと分かっていながら)荷物をタテヨコナナメとはめ込んでみる。
外観はコンパクト車にしては大きく見えるのだが、どうしても入らない。
同乗者のひざの上にキャリーケースを載せれば何とか入るが、
これからコナの方まで向かおうというのに、そりゃあないだろう。
途中で運転を代われ、と言われても代役は困る(私は運転役である)。
どうあがいてみてもコンパクト車では無理があると思い、
渋々ながら(全くせこい話だが)少々値の張るスタンダード車へ変更をお願い
してみたところ、この日はフルブックで代替が利かないらしい。
日陰のベンチで退屈そうに待っている同乗者達の冷たい視線を横目使いに、
私は汗だくになりながら(これは冷や汗)収集の付かないテトリスに挑戦して
いたところ、スタッフから「1台、車が返却されるので、それにトライしてみ
たら?」と声がかかった。
車種を確認すると、コンパクト車だそうだ。
「だから~、コンパクト車は無理でしょうが」と尋ねると、
「今度の車の内部は広いので、多分大丈夫じゃないかしら」と返って来た。
この「大丈夫」という言葉、オーストラリアだと素直には信じてはいけないが、
同じようにのんびりしているとはいえ、ここハワイ島はアメリカ合衆国なのだ。
この言葉を信じようと期待を寄せることにした。
30分後、某○○製(実は覚えていない)の真っ赤な車が到着。
外観を見る限りは、先の車より幾分小さく見えたが、トランクの形が横に広く、
スタッフの言葉通り、何とか荷物を収めることが出来た。
手続きやら洗車やらで、更に30分かかったが、何はともあれほっとした。
本来、ハワイにおけるコンパクト車の積載範囲は、大人2人、子供2人に、
大型スーツケース1個、小型スーツケース2個ということになっているのだが、
これはあくまでも目安で、車種によってはドア数も内装の形も違うので、
実際のところ容量オーバーでも案外うまく収まったりする。
行けば何とかなる、と、私には、ちょっとしたことをケチるクセがあるので、
いつも妻には「また、せこいことしたなー!」とよく怒鳴られる。
こういう場合の成功(と言うか幸運)と失敗は、ルーレットのアウトサイド・
ベットと同じでだいたい半々の割合だ。
今回も車代を安く上げた代わりに、時間をロスすることになってしまったが、
まあ、終わりよければ全てよしと言うことだ。
◆島のあちこちでジャカランダが咲いており、まるでオーストラリアのよう。
2006-05-21
マウナケアの頂へ ~後編~ by tetsushi
すぐそこに見えているマウナケアの山頂だが、蜃気楼を追いかけるように遠い。
頂までの道のりは砂利で滑りやすく、急ごうものなら瞬間に足元をすくわれてしまう。
三歩進んで「ずるずる」と二歩下がる、という具合だ。
途中から雪が残っていたので、その残雪に踏み固められた足跡をステップにした。
登ることは楽になったが、激しく動いたせいで、軽い酸欠状態になった。
三歩進んで「ハァハァ」と息が上がる、という具合だ。
体力には自信があったが、酸素薄状態がこんなに苦しいものだとは知らなかった。
息を吸うことを意識しなければならないのは初めての体験だ。
ようやく頂上に着くや否や、山頂の数メートルのスペースに倒れこんだ。
体力的には、何千メートルも登山してきたような調子であったが、
振り返って見ると、私が歩いて来た道のりは、ほんのお散歩程度のものだった。
しかし、ずっと下の方に、ここまで来なかった100名近くのツアー客を見た時、
4205mの山頂には8名の欧米人と私達2人しか立っていなかったので、
それなりの達成感はあった。
山頂には小さい櫓が建てられている。
私は、持参したパイナップルをマウナケアの神「ポリアフ」が棲むこの櫓へ供えた。
そして、8名の欧米人達と一緒に、本当のマウナケア山頂でサンセットを拝んだ。
サンセットはとても美しかったが、それにも増して、サンセットに照らされた
マウナケアの姿が雲海にシルエットとなって現れたときには特に感動した。
その後、ツアー客と合流した私は、軽い酸欠状態が続き、ガイドが星空鑑賞会を
催してくれている間は、道路に仰向けになったまま星を眺めて時を過ごした。
酸欠は2000mを降りた辺りから少しずつ回復していった。
頂までの道のりは砂利で滑りやすく、急ごうものなら瞬間に足元をすくわれてしまう。
三歩進んで「ずるずる」と二歩下がる、という具合だ。
途中から雪が残っていたので、その残雪に踏み固められた足跡をステップにした。
登ることは楽になったが、激しく動いたせいで、軽い酸欠状態になった。
三歩進んで「ハァハァ」と息が上がる、という具合だ。
体力には自信があったが、酸素薄状態がこんなに苦しいものだとは知らなかった。
息を吸うことを意識しなければならないのは初めての体験だ。
ようやく頂上に着くや否や、山頂の数メートルのスペースに倒れこんだ。
体力的には、何千メートルも登山してきたような調子であったが、
振り返って見ると、私が歩いて来た道のりは、ほんのお散歩程度のものだった。
しかし、ずっと下の方に、ここまで来なかった100名近くのツアー客を見た時、
4205mの山頂には8名の欧米人と私達2人しか立っていなかったので、
それなりの達成感はあった。
山頂には小さい櫓が建てられている。
私は、持参したパイナップルをマウナケアの神「ポリアフ」が棲むこの櫓へ供えた。
そして、8名の欧米人達と一緒に、本当のマウナケア山頂でサンセットを拝んだ。
サンセットはとても美しかったが、それにも増して、サンセットに照らされた
マウナケアの姿が雲海にシルエットとなって現れたときには特に感動した。
その後、ツアー客と合流した私は、軽い酸欠状態が続き、ガイドが星空鑑賞会を
催してくれている間は、道路に仰向けになったまま星を眺めて時を過ごした。
酸欠は2000mを降りた辺りから少しずつ回復していった。
2006-05-17
マウナケアの頂へ ~中編~ by tetsushi
マウナケアへは、レンタカーかツアーバスで行くことになる。
途中の道サドルロードは、レンタカー会社の保険の対象外区域となっている。
つまり事故多発道路である。
それに3000mの地点から道はオフロードとなり、4WDでないと走行不可能だ。
更にこの最後の1000mのオフロードは急勾配かつ砂利道で、砂塵が激しく舞い、
夜は真っ暗でガードレールはなく、「事故」イコール「死」、ということも考えられる。
私の知り合いはそれでもレンタカーでチャレンジしたが、この砂利道でパンクし、
摂氏0度の中、シャシーに潜り込んでパンクの修理をするはめになった。
そんなことを聞かされている私はもちろんツアーで行くことにした。
ツアーは日本語ガイド付を選んだので、同行者7組は皆日本人だった。
狭くてアップダウンの激しいサドルロードを難なく過ぎる。
これもハワイ島に慣れたドライバーガイドならではの手さばきか。
途中から左手にマウナケアを望み、右手にはマウナロアが見えてくる。
マウナロアも4000m級の山でこちらも山頂付近には雪を湛えている。
サドルロードからマウナロアを背に、いよいよマウナケアへの登山道へ入る。
登山道へ入ると、車を進めるに連れてどんどん高度が上がる。
4000m付近へ一気に上るのではなく、高所に体を慣れさせるという準備もあり、
約3000mにある、オニズカビジターセンターで早めの夕食タイムを取る。
1時間ほど休憩した後、ここから一気に山頂付近まで登った。
◆途中、登山道で見た虹
夕刻前、山頂付近は晴天なのだが、まだ雪が解けること無く残っている。
「山頂に着きましたよー。ここでサンセットを見まーす。」と、
ガイドは慣れているせいか、やたら元気なのだが、私を含めてお客は大人しい。
これは酸素が薄いことと、かなりの寒さで、いささかまいってしまっているからだ。
私も車内では、ガイドと騒いでいたのだが、かなりトーンダウンしてきた。
「寒いのでこれを着て下さい。」
ガイドが防寒着を支給してくれたが、これが宇宙服のようにゴツイ物だった。
ここはハワイだし、この様な寒い所へ来る用意をしていないから、温度差カバーで
これくらいの服が用意されているということは、当然と言えば当然なのである。
それにしても重いし、ブカブカで、しかも臭い。
この臭いのせいか、酸素薄のせいか、少し頭が痛くなってきた。
さて、私はここでサンセットを見るためにツアーに参加したのでは無い。
ここから少し別のところにあるマウナケアの本当の頂へ登りたかったのである。
「すんません。山頂へ登って来ますけど、よろしおまっか?」
「構いませんけど、しんどいですよ~」
「また~、大丈夫でしょ。ボク、元ラガーマンなんで楽勝っすよ。」
私は「皆さんも一緒にどうですか?」と誘ったが、「いや~やめておきます・・・」と、
皆は、寒さでガタガタ震えながら、引きつったような笑顔で首を横に振っていた。
私は「何や、根性ない奴らや」と、寂しさを紛らわすようにつぶやいた。
山頂は、このサンセットのビューポイントから道を挟んでガードレールを越えて、
100mくらい歩き、更に150mほど登った先にある。
見た感じでは楽勝そうであった。
◆マウナケア山頂(4205m)
途中の道サドルロードは、レンタカー会社の保険の対象外区域となっている。
つまり事故多発道路である。
それに3000mの地点から道はオフロードとなり、4WDでないと走行不可能だ。
更にこの最後の1000mのオフロードは急勾配かつ砂利道で、砂塵が激しく舞い、
夜は真っ暗でガードレールはなく、「事故」イコール「死」、ということも考えられる。
私の知り合いはそれでもレンタカーでチャレンジしたが、この砂利道でパンクし、
摂氏0度の中、シャシーに潜り込んでパンクの修理をするはめになった。
そんなことを聞かされている私はもちろんツアーで行くことにした。
ツアーは日本語ガイド付を選んだので、同行者7組は皆日本人だった。
狭くてアップダウンの激しいサドルロードを難なく過ぎる。
これもハワイ島に慣れたドライバーガイドならではの手さばきか。
途中から左手にマウナケアを望み、右手にはマウナロアが見えてくる。
マウナロアも4000m級の山でこちらも山頂付近には雪を湛えている。
サドルロードからマウナロアを背に、いよいよマウナケアへの登山道へ入る。
登山道へ入ると、車を進めるに連れてどんどん高度が上がる。
4000m付近へ一気に上るのではなく、高所に体を慣れさせるという準備もあり、
約3000mにある、オニズカビジターセンターで早めの夕食タイムを取る。
1時間ほど休憩した後、ここから一気に山頂付近まで登った。
◆途中、登山道で見た虹
夕刻前、山頂付近は晴天なのだが、まだ雪が解けること無く残っている。
「山頂に着きましたよー。ここでサンセットを見まーす。」と、
ガイドは慣れているせいか、やたら元気なのだが、私を含めてお客は大人しい。
これは酸素が薄いことと、かなりの寒さで、いささかまいってしまっているからだ。
私も車内では、ガイドと騒いでいたのだが、かなりトーンダウンしてきた。
「寒いのでこれを着て下さい。」
ガイドが防寒着を支給してくれたが、これが宇宙服のようにゴツイ物だった。
ここはハワイだし、この様な寒い所へ来る用意をしていないから、温度差カバーで
これくらいの服が用意されているということは、当然と言えば当然なのである。
それにしても重いし、ブカブカで、しかも臭い。
この臭いのせいか、酸素薄のせいか、少し頭が痛くなってきた。
さて、私はここでサンセットを見るためにツアーに参加したのでは無い。
ここから少し別のところにあるマウナケアの本当の頂へ登りたかったのである。
「すんません。山頂へ登って来ますけど、よろしおまっか?」
「構いませんけど、しんどいですよ~」
「また~、大丈夫でしょ。ボク、元ラガーマンなんで楽勝っすよ。」
私は「皆さんも一緒にどうですか?」と誘ったが、「いや~やめておきます・・・」と、
皆は、寒さでガタガタ震えながら、引きつったような笑顔で首を横に振っていた。
私は「何や、根性ない奴らや」と、寂しさを紛らわすようにつぶやいた。
山頂は、このサンセットのビューポイントから道を挟んでガードレールを越えて、
100mくらい歩き、更に150mほど登った先にある。
見た感じでは楽勝そうであった。
◆マウナケア山頂(4205m)
2006-05-17
マウナケアの頂へ ~前編~ by tetsushi
深さ6000mの海底から吹き上げたマグマが海上4000mまで達し、
ハワイ島のマウナケア山は誕生した。
そういう観点から考えると、造山運動で陸地がせり上がったヒマラヤよりも高く、
考え方によっては、山としてはこちらが世界一と言うことらしい。
世界一であるならば、登っておこう、と心に決めた。
ハワイの最高峰マウナケアは、標高4205m。
亜熱帯の緯度に位置しながら、頂上付近では雪が降る。
北半球が冬になるころには、スキーまでできてしまうのだ。
色々と旅してきたが、高い山というものへは登ったことがないのだな~と、思う。
(・・・が、唯一、マッターホルンの見える展望台のある場所、「ゴルナグラード」
まで、電車で登ったことがあったのを、これを書いている途中で思い出した。
ゴルナグラードは3100m程であるが、当時は全く気にしていなかったようだ)
さて、高い山の心配は高山病だ(4000m程度ではあまり心配することもないが)。
東急ハンズで携帯型酸素ボンベを購入したが、持ち込みできないらしく断念。
(最近はコンビニでも酸素を売っているのだが、知らなくてハンズまで行った)
また試しに吸ってみたが、安物(鈍感)だったせいか、何の反応も得られなかった。
いつだったか、テレビで西田敏行が南米最高峰のアコンカグア山に登る番組があり、
数十メートル先に見えていた頂へは、ついに登頂できなかったのを見た。
体力的なこととは言え、高山とはそんなに厳しいものなのか?と思ったものだ。
酸素濃度が低くなり、これがとても苦しい。
あれこれ、大げさなことを考えたが、このマウナケアは4000m級とはいえ、
山頂の数十メートル地点までは車で登ることができるのだ。
それならまあ楽勝だろう、と高をくくっていたのだが、
マウナケア山頂への約200mのプチ登山(実際は丘登り程度)は、上述した通り、
忘却の彼方にあった、西田敏行アコンカグア登山ラストアタックのシーンを
私の脳裏によみがえらせてくれることになった。
まあ、そんなに大層な話でもないのだけど、事実、私はそれを思い出したのだった。
◆すばる望遠鏡のあるこの付近は、もう4000mを超えている。
ハワイ島のマウナケア山は誕生した。
そういう観点から考えると、造山運動で陸地がせり上がったヒマラヤよりも高く、
考え方によっては、山としてはこちらが世界一と言うことらしい。
世界一であるならば、登っておこう、と心に決めた。
ハワイの最高峰マウナケアは、標高4205m。
亜熱帯の緯度に位置しながら、頂上付近では雪が降る。
北半球が冬になるころには、スキーまでできてしまうのだ。
色々と旅してきたが、高い山というものへは登ったことがないのだな~と、思う。
(・・・が、唯一、マッターホルンの見える展望台のある場所、「ゴルナグラード」
まで、電車で登ったことがあったのを、これを書いている途中で思い出した。
ゴルナグラードは3100m程であるが、当時は全く気にしていなかったようだ)
さて、高い山の心配は高山病だ(4000m程度ではあまり心配することもないが)。
東急ハンズで携帯型酸素ボンベを購入したが、持ち込みできないらしく断念。
(最近はコンビニでも酸素を売っているのだが、知らなくてハンズまで行った)
また試しに吸ってみたが、安物(鈍感)だったせいか、何の反応も得られなかった。
いつだったか、テレビで西田敏行が南米最高峰のアコンカグア山に登る番組があり、
数十メートル先に見えていた頂へは、ついに登頂できなかったのを見た。
体力的なこととは言え、高山とはそんなに厳しいものなのか?と思ったものだ。
酸素濃度が低くなり、これがとても苦しい。
あれこれ、大げさなことを考えたが、このマウナケアは4000m級とはいえ、
山頂の数十メートル地点までは車で登ることができるのだ。
それならまあ楽勝だろう、と高をくくっていたのだが、
マウナケア山頂への約200mのプチ登山(実際は丘登り程度)は、上述した通り、
忘却の彼方にあった、西田敏行アコンカグア登山ラストアタックのシーンを
私の脳裏によみがえらせてくれることになった。
まあ、そんなに大層な話でもないのだけど、事実、私はそれを思い出したのだった。
◆すばる望遠鏡のあるこの付近は、もう4000mを超えている。
2006-05-15
最高級のコナコーヒーを求めて ~後編~ by tetsushi
マウカメドウズ農園では、早朝に訪れると摘みたてのバナナが食べ放題だ。
日によってはマンゴーやパイナップルもサービスされるとのこと。
もちろん、ここでのメインディッシュは、挽きたてのコーヒーである。
これらはいくら食べても飲んでも無料だが、
挽きたての100%ピュアマウカメドウズコーヒーを飲ませてもらったが最後、
お土産に(もちろん自分の)いくつか買わずにはいられなかった。
私は無類のコーヒー好きなので、ここのコーヒーは、賞味期限さえなければ、
10年分くらいまとめて買いたいと思うほど素晴らしい味だ。
コーヒーも他の食べ物と同じで、摘みたて、挽きたて、に越したことは無い。
ワインのようにビンテージというものがあればよいのだけど。
京都伊○丹で100%ピュアコナコーヒーが100g、1300円していたが、
これを飲んでみると、残念ながら、香りと味が天と地ほども違った。
やはり、輸送に数週間?数ヶ月?かかって日本の店先に並んだ商品の性なのか。
コーヒーは、煎ってから1週間が、挽きごろ、飲みごろだと言うことなので、
ハワイで煎りたてを購入して、日本で挽けば丁度良いということになる。
もちろん、この農園で買った豆に限って、日本のドトールでは無料で挽いてくれる。
コナコーヒーの生産量は世界のコーヒーの1%にも満たず、
ほとんどが、世界最大のコーヒー輸入国アメリカで消費され、
そのほとんどがレストラン用になり、
更には、そのほとんどが「高級」と名の付くレストランで使われるらしい。
幸い、日本人はハワイに旅行する人が多く、お土産にコナコーヒーを選ぶ人も
かなりの数いるので、(ただ、何故かバニラテイストを好む人が多いが・・・)
コナコーヒーの価値など考えなかったかもしれないが、
100%ピュアコナコーヒーは、とても希少価値のある飲み物なのである。
2006-05-13
最高級のコナコーヒーを求めて ~前編~ by tetsushi
◆コーヒーベルトのあるフアラライ山
亜熱帯地域に属するハワイ島は、亜熱帯といえ、海抜4000mの地点では
雪も積もるので、それだけ気候帯が広く、非常に恵まれた自然環境でもある。
何故恵まれているのか?と言うと、海抜1000m辺りでは雨も多く、
コーヒーを栽培するのに最も適した気候になっているので、
ハワイの人々は、亜熱帯地域で採れた、パイナップルやバナナなど、
熱帯特有の果実だけでなく、コーヒーまでもが美味しくいただけるのである。
フラットな島であれば、このような食の恵みはもたらされなかったことだろう。
この海抜1000mの地帯はコーヒーベルトと呼ばれる。
いくつかある農園には、日本でもおなじみのコーヒーメーカーもある。
中でもドトールが経営する「マウカメドウズ農園」はコーヒーだけでなく、
フルーツやマカデミアナッツなども栽培され、園内に植えられた熱帯植物が
常に開花しているので、熱帯植物園として楽しむこともできる。
ここを訪れるのは朝一番が良いだろう。
早朝は観光客もいないし、香り立つ早朝ならではの空気は五臓六腑にしみる。
スプリンクラーから吹き出る水のリズミカルな音が、五感の働きを刺激し、
こういう所で日々生活していると、きっと免疫力も高まるのだろう。
元気そうな年配のハワイアンが、意気揚々と庭の手入れをしていた。
美しく整備された坂道をゆっくり下ってくると、焙煎工場が見えてくる。
小屋のような工場の横には、この風景にはなくてはならないラグーンがあり、
その向こうには、遥か1000m下のヒロの町並みと、
海と空との境の見分けが付かないほどの壮大な水平線の風景が広がっている。
2006-05-11
カメハメハ大王の小さな家 by tetsushi
◆昔の入り江とアフエナ・ヘイアウ(←真ん中奥の家) ↑K氏
コナでは、キングカメハメハコナビーチホテルに宿を取った。
ホテルにはカメハメハ大王の肖像画や大王にまつわる歴史画が飾ってある。
カメハメハ大王は、ホテルの南側にある小さな入り江で晩年を過ごしたと言う。
今でも草葺の家、兼、神殿「アフエナ・ヘイアウ」がそこに建っている。
「ヘイアウ」とは神殿を意味する。
神殿というと、私のなけなしの知識からは、古代ギリシャのパルテノン神殿
くらいしか思い浮かばないのだが、それと比べると、随分と質素なものだ。
これは、西欧とハワイで神に対する考え方の違いがあるからではないだろうか。
西欧での神は人間を超越した力を持つ存在で、万物を司っている者であると
されているが、ハワイでの神は「気」のような存在であると言えるだろう。
(オーストラリアのアボリジニが、精霊を崇めることに等しいと思う。)
ガイドブックに、訳されていた「神殿」というのが、どこか無理があるのだ。
(アボリジニの聖地エアーズロックを神殿と呼ぶようなものだと思う。)
翻訳には、どう転ばせてもピッタリと訳すことのできない言葉があるのは、
これは仕方のないことである。
神殿はさておき、「大王の家」でもあったわけだが、それにしては小さいなぁ。
◆現在の入り江とアフエナ・ヘイアウ
2006-05-09
マウナロア発、ワイコロア行き、ラバ・フロウ by tetsushi
パーカー牧場にあるパーカーランチショッピングセンターを190号線へ入り、
マウナケアの裾野を南下し、そのまま一気にコナへと向かう。
15分ほど走ると、左手にマウナケアの南裾を通ってヒロまで突き抜ける、
悪名高い?サドルロードが見えて来る。
この道は、狭い上にアップダウンが激しいのでとても見通しが悪い。
更に、慣れている地元のドライバーはビュンビュン飛ばして運転するので、
我々よそ者ドライバーにとっては非常に危険な道であるらしく、
レンタカーの保険の対象外に指定されている。
ただ、この道はハワイ最高峰のマウナケア山頂へとつながっているので、
保険の事などお構い無しの、多くの恐れ知らずのおのぼりさんドライバーが、
足を踏み入れ、事故の種を蒔きちらすらしい。
私は臆病者なので、到底そんな勇気ある行動を取ることはできない。
(臆病というのは、保険が利かない場所を運転して事故に遭う事もそうだが、
そういう行動をとる事によって、妻から叱責を受ける事に対してもである)
サドルロードに後ろ髪を引かれること約20分、(本当のところ私も運転して
マウナケアまで自力で登って見たいのだ)
若草色だった牧場から、茶褐色の溶岩地帯へと景色が一変した。
この溶岩地帯は、マウナロアの噴火によって、ここまでトロトロと流れて来た
ものであり、「カニク・ラバ・フロウ」と名が付けられている。
ラバ・フロウとは「溶岩流」のことであり、カニクとは溶岩流に飲み込まれた
一つの集落だったと思われる。
当時、4169mのマウナロアの爆発は、それは凄まじかったことだろう。
それを物語るかのように、このハワイで最も長い溶岩流は、ここから数キロ先
のワイコロアビーチリゾート辺りまで達し、海へ落ち込んでいる。
富士山の噴火で流れ出した溶岩が富士市を焼き払い、田子の浦まで達する
ようなものではないだろうか。
◆カウプレフ溶岩流(遠くにワイコロアリゾートが小さく見える)
その隣にある溶岩流は、1895年の噴火で流れてきたものであることから、
「ラバ・フロウ・オブ・エイティーンナインティファイブ」と名が付いている。
更に10分程走ると、標高2521mのフアラライ山からの溶岩流カウプレフ
があり、そのちょっと先にも同山からの「1801年の溶岩流」が残っている。
ハワイ島は、産声を上げてからまだ何年も経っていない若い島なので(とは
言っても100万年は経っているが)、今なお成長を続け、有史時代になり、
近年になっても何度か噴火しているため、あちこちの溶岩は風化しきれず、
その姿をさらけ出したままである。
面白いことは、それぞれの溶岩がそれぞれの顔をちゃんと持っており、
その表情でハワイ島の歴史を垣間見ることができることだ。
すれ違う車が少しずつ増えてきた。
190号線がクイーンカアフマヌ通りと交差する際、信号が赤に変わった。
車を停止させ、後ろを振り向くとフアラライ山の雄姿が夕陽に照らされていた。
そんなフアラライの溶岩を基礎に築かれた町、コナに着いたのだと気付いた。
◆コナの町のメインストリート、アリイ・ドライブとカイルア湾
2006-05-07
パーカー牧場を走る by tetsushi
ドライブインからワイピオ渓谷へ寄り道したあと、再びハイウェイへ出た。
この辺りから、海沿いを走っていた19号線は内陸へ向かうが、
マウナケア山の裾野をひた走ることに変わりはない。
それにしてもマウナケアはでかい。
マウナケアがお釈迦様の手で、我々は孫悟空のようにもて遊ばれているようだ。
島の内側に入ると気候の変化と共に、熱帯雨林もいつしか草原へと変わる。
草原がマウナケアへと延びて行くなだらかな丘陵は素晴らしく和む風景である。
(こういう風景のある場所に一度は住んでみたいなぁ~)
この辺りに位置するパーカー牧場は、全米で3番目に広い事が自慢らしいが、
世界で最も広い牧場を持っている国オーストラリアに住んでいたせいで、
牧場の広さに関しては、特別何の興味も感じなくなってしまった。
一体、牧場の広さなど何で測れば良いのだろう。
見た目はオーストラリアののっぺりとした牧場より、マウナケアの傾斜によって、
遥か遠くまで見通せるパーカー牧場の眺めの方が圧倒的に広く思えるので、
人間の自然に対する感覚などは、大したものではないのだな、と、つくづく思う。
◆ハワイの牧場に、なぜサボテンが生えている?
パーカー牧場には、なぜかあちこちにサボテンが生えている。
これはオーストラリアの牧場では見られない風景だ。
昔、牧場で働くメキシコ人の牧童たちがテキーラを作る為に植えたものだそうだ。
それと、ユーカリも生えている。
こちらはオーストラリアの牧場で見られる典型的な風景だ。
元はと言えば、サトウキビ畑の風除けにオーストラリアから持ち込まれたそうな。
ユーカリの成長の速さは折紙付である。
オーストラリアから持ち込まれたのはユーカリだけではない。
マカダミアの木がタスマニア島から持ち込まれたのは、今でこそ有名な話だが、
ほんの数年前までの日本人観光客は、そんなことも露知らず、
マカダミアナッツこそ最もハワイらしいハワイ原産のお土産だと思い込んでいた。
マカダミアナッツのおかげで、ハワイの観光産業は相当潤ったに違いない。
(ワイキキDFSの床面積の半分は、きっとマカダミアナッツのおかげだろう)
マカダミアナッツのエピソードは、お金儲けにはとことん疎いオーストラリアと、
世界で最も商売上手であろうアメリカを比較する上で面白い。
何はともあれ、ハワイの牧場は何かと話題を提供してくれたのであった。
◆牧場にユーカリ。この部分だけ切り取るとまるでオーストラリアの風景だ。
2006-05-05
ホノアカのドライブインにて by tetsushi
ヒロから19号線を北上すると、いつのまにか、西へ向かって進んでいる。
マウナケアの裾野に沿って、大きな半円を描くように走っているからだが、
地図を見てそう思うだけで、実感はない。
腹が減ったので、240号線との分岐点にある町ホノカアのドライブインへ
立ち寄り、私はロコ・モコを注文した。
ロコ・モコは、ヒロに移住してきた日系人が最初に作ったとも言われている。
確かに、どのガイドブックにも書いてあるように、日本人の口に馴染む味だが、
目玉焼きとハンバーグにグレイビーソースをたっぷりとかけたどんぶりは、
コレステロールを最高に高めてくれる代物でもあることを忘れてはならない。
こういう物がいまだに美味しいと思える自分は、まだまだ若いということだ、
と、そういうバロメーターとしての役割を旅の食事は担ってくれるのだ。
(と、そう考えることで、罪悪感を放り投げている自分がいるのだが・・・)
妻と同乗者のHさんは、野菜サンドを注文したが、アメリカでサンドイッチを
注文すると馬鹿でかい一品が出てくることをコロッと忘れていたようだ。
わかっちゃいるけど、こういうことは旅の出だしは忘れているものである。
半分残した挙句に、食後はよほどアゴが疲れたらしく、げんなりとしていた。
同乗者のK氏は、サイミンを食べ、日本のうどんを思い出していた。
サイミンとは、海老のだしを使ったヌードルである。
うどん、と言うよりはあっさりしたラーメンのような味だ。(沖縄そばに近い?)
まぁ、K氏が ”思い出した” のが、うどんなので、味については何でも良い。
ともかく、欧米人はあまりヌードルをメインディッシュにすることは無く、
日本人がラーメン屋に群れることを不思議に思う人も多い。
そういう風調だからか、このハワイのサイミンは見た目も主菜というよりは
副菜のような風体で、味も日本の立ち食いうどんと比べても(別に比べなく
ても良いのだろうけど、あえて比べてみると)いささかパンチに欠けていた。
しかし、副菜に値するスープとして考えると、なかなかいけると思っている。
カップヌードルをスープ代わりに食べるのであれば、これの方が健康的だし。
◆ロコ・モコは「ハワイアンどんぶり」とも言われる?
2006-05-03
ヒロは今日も雨だった by tetsushi
ヒロから時計と逆周りで島を1周することにした。
一般的にコナに滞在する人はコナ空港を利用するのだが、私がヒロ空港発着と
した理由は、そうしないとヒロへ行く機会を逃してしまうと思ったからである。
雨が多すぎて、リゾート地としては三流以下(ゴメン)になってしまっている
ヒロに滞在するつもりは毛頭無かったのだが、日系が中心となって栄えてきた
町を無視する訳にもいかなかった。
ヒロという地区は本当に雨が多い。
ハワイ島北部には、ハワイ最高峰マウナケアがドカっと腰を下ろし、ヒロから
山の裾野を回りこむように北西へ進んだ島の北東部辺りが雨の多い地域になる。
標高4000mを超えるマウナケア山が貿易風の盾の役割を果たす(ここに
雨雲が形成される)ためである。
今日も例に漏れず「曇りときどき雨、そして、たまに晴れ」といった天気だ。
しかし、オーストラリアのケアンズやシンガポールなどでもそうだが、
熱帯に属する地域では、雨は雨でも梅雨や秋霖のように、シトシト垂れる感じ
で降るのでなく、サアーっと吹くような感じで降る(ように感じる)。
いやぁ、熱帯の雨は実に気持ちのよい風物である。
起伏のある熱帯の島に長年に渡って多くの雨が降り注ぎ、大地が削られ草木が
大量に繁茂したことで、ハワイの各島では、他ではあまり見ることのできない
ような、ダイナミックな地形があちこちに映画のセットのように潜んでいる。
恐竜映画ジュラシックパークは、カウアイ島とオアフ島で撮影されたが、
それがハワイ島だったとしても、いささかも見劣りしなかったことだろう。
自然科学者に、ジュラ紀の地球上の風景はこんな感じでした、と断言されたら、
はいそうですか、と疑う余地なく信じてしまうほどの風貌がハワイ島にはある。
2006-05-01
ハワイ島でレンタカーを借りる by tetsushi
◆標高4205mのマウナケアが雲の上から顔を出して私達を迎えてくれた。
小雨降りしきる中、ヒロ空港に到着した。
「ハワイ島では毎日どこかで、雨が降っているんだ」とあらかじめ予約して
おいた先のレンタカーオフィスのスタッフが言っていた。
予算の都合上、車種をコンパクト車にしたのが失敗。
大人4人、大型スーツケース2個、小型キャリーケース2個は、
どう押込んでも(実際には押込む前から判断できた)車体に収まりきらない。
洗車を終えて、駐車場でピカピカに光っている銀色の車(車種は忘れた)に、
(絶対に無理だと分かっていながら)荷物をタテヨコナナメとはめ込んでみる。
外観はコンパクト車にしては大きく見えるのだが、どうしても入らない。
同乗者のひざの上にキャリーケースを載せれば何とか入るが、
これからコナの方まで向かおうというのに、そりゃあないだろう。
途中で運転を代われ、と言われても代役は困る(私は運転役である)。
どうあがいてみてもコンパクト車では無理があると思い、
渋々ながら(全くせこい話だが)少々値の張るスタンダード車へ変更をお願い
してみたところ、この日はフルブックで代替が利かないらしい。
日陰のベンチで退屈そうに待っている同乗者達の冷たい視線を横目使いに、
私は汗だくになりながら(これは冷や汗)収集の付かないテトリスに挑戦して
いたところ、スタッフから「1台、車が返却されるので、それにトライしてみ
たら?」と声がかかった。
車種を確認すると、コンパクト車だそうだ。
「だから~、コンパクト車は無理でしょうが」と尋ねると、
「今度の車の内部は広いので、多分大丈夫じゃないかしら」と返って来た。
この「大丈夫」という言葉、オーストラリアだと素直には信じてはいけないが、
同じようにのんびりしているとはいえ、ここハワイ島はアメリカ合衆国なのだ。
この言葉を信じようと期待を寄せることにした。
30分後、某○○製(実は覚えていない)の真っ赤な車が到着。
外観を見る限りは、先の車より幾分小さく見えたが、トランクの形が横に広く、
スタッフの言葉通り、何とか荷物を収めることが出来た。
手続きやら洗車やらで、更に30分かかったが、何はともあれほっとした。
本来、ハワイにおけるコンパクト車の積載範囲は、大人2人、子供2人に、
大型スーツケース1個、小型スーツケース2個ということになっているのだが、
これはあくまでも目安で、車種によってはドア数も内装の形も違うので、
実際のところ容量オーバーでも案外うまく収まったりする。
行けば何とかなる、と、私には、ちょっとしたことをケチるクセがあるので、
いつも妻には「また、せこいことしたなー!」とよく怒鳴られる。
こういう場合の成功(と言うか幸運)と失敗は、ルーレットのアウトサイド・
ベットと同じでだいたい半々の割合だ。
今回も車代を安く上げた代わりに、時間をロスすることになってしまったが、
まあ、終わりよければ全てよしと言うことだ。
◆島のあちこちでジャカランダが咲いており、まるでオーストラリアのよう。