2008-10-16

現地小学校に通う

当時9歳の息子がニュージーランドで現地の小学校に
行くことを決めるには、少し時間が必要だった。

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子供の通った学校の校庭。芝生の緑がまぶしい。

「おもしろそう」「行ってみたい」という期待と、
「でもどんな毎日になるのか」という不安。

そして、なにより彼が一番心配だったのは、
1人日本に残すことになる父親のことだった。

主人は、当初は反対もしていたけれど、
「寂しくなるけど、遠い国で2人ががんばってくれてると思えば、
自分もがんばろうという気持ちになれるから、いいよ。」
と賛成してくれていた。

息子は、そういう父親の言葉を聞き、
その後、一生懸命考えて、考えて、
そして、ある日、「ぼく、行ってみるよ」と言ってくれた。

近所のカナダ人家庭に、1年間ほど英語を習いに行っていたので、
ある程度の挨拶と質問、指示などは理解できるようになっていたけれど、

英語の授業の中に入るのは、難しい状態だったので、
新学期の始まる3週間前に行き、
語学学校でフルタイムで勉強することにした。

午前中は、先生とマンツーマン。
午後は他の留学生(大人)に混ざって勉強した。

午後のレベルは高く彼には難しすぎるものだったけど、
学校に行き始めたら同じ状況になるわけだから、
慣れておいたほうがいいと言われ、頑張っていた。

耳がなんとか慣れてきた頃、いよいよ学校初日を迎えた。

2008-10-16

初登校日

ニュージーランドは、5歳の誕生日を迎えた時点で
小学校に入学するので、入学式というものはない。
それぞれが5歳になったら、クラスに仲間入りするだけなのだ。

入学式はないけれど、新学期始まりの会のようなものがある。息子の通った学校では、
小学校から高校までがいっしょになっているため、
この新学期初日も、ホールは大勢の生徒で溢れていた。

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ホールでは、みんなあぐら座り。

新学期から新しく入る転校生たちとその親たちが、
シーンと静まり返ったホールに入ると、
マオリの歌での歓迎が始まった。

そして、マオリ語と英語の両方で、校長先生からの挨拶。
そして、生徒たちからの歌のプレゼント。

子供達は、静かにしなければならないときは本当に静かにし
そうでないときは、日本ではありえないくらいうるさくなる。
メリハリがあるというか、ハッキリしてるというか。

式が終わると、そのままクラスごと部屋に行き始め、
もう親の引率はいらないと言われた。
その時点でもう息子の顔からは不安の色は消え、
何が起こるのか、わくわく、と言った顔になって、
新しい友達の中に入っていった。

見送る私は、ハラハラ、ドキドキ。。
祈るような気持ちで見送った。

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2008-10-16

初日の様子

新学期、初日は、お互いの顔と名前を覚えるため、
いきなり校庭でボールゲーム。

名前を呼びながら相手にボールを投げ、
全員が受け取るまで続けるゲームだ。

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心配だったので校舎の陰からこっそり見てしまった。
でも楽しそうに笑っていたので、ホっとして、帰ることにした。

ランチを持っていったので、帰宅してきたのは3時半だった。
初日からフルタイムだ。

「楽しかったぁ~~~!!」と顔を輝かせて帰ってきた。

外遊びから始まった初日は、その後もずっと遊びばかりで、
ランチを食べてもまだ遊びで、一日中遊んでいたらしい。

日本からの新しいメンバーに興味津々だったようで、
そんなに寂しい思いはなかったようだ。
だれかしらが話しかけてきてくれたようだった。

ランチのときも、持っていったおにぎりが注目され、

「Is that SUSHI?」
「Is your dad SUSHI MAN?」

などと聞かれ困ったと言っていたが、
そのお陰で、自分のまわりにみんな来てくれて
寂しい思いはせずにすんだようだった。

とりあえず、これから始まる学校生活。
なんとかやっていけそうで、安心した。。

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2008-10-16

第一の壁

学校に行き始めて2週間目。
壁にぶつかった。

学校から悲しそうな顔をして帰ってきた。

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教室の中はこんな感じ

夜寝るときに聞いてみたら、
休み時間に友達と遊ぶとき、
言いたいことが言えなくて悲しい、、
と思っていることを話してくれた。

話しかけられないから、
どんどん無口な自分になっていく。

本当の自分は無口じゃないのに、
楽しいことも言えるのに、それが言えない。

日に日に「無口な自分」が自分に近づいてきて、
それがたまらなくイヤだ。ということだった。

そう。私自身もそうだ。
いろいろ言いたいこともある。なのに言えない。笑うだけ。
そういう自分がすごくイヤになる。

相手の話がわかるときは、まだマシ。
わからない状態の中、その輪の中に存在していることが
耐えられなくなるときだってある。

苦しい。

だから、息子の気持ちは本当によくわかる。
でも彼の境遇は私以上にツライはず。

私以上に言葉が理解できず、話せず、
しかも英語がわかることが大前提で授業が行われている。

私は英語を英語を教わっているけど、
息子は英語で他の教科の勉強をしているのだから。

しかも、子供は大人よりも、
言葉がわからないという境遇を理解することができない。
まわりの理解も少ないわけだ。

週に2回、放課後に語学学校で補修授業を受けることにした。

本来は、学校の宿題を中心にやるのだが、
最初のうちは、日常使う言葉を中心に教わった。

友達同士で使う言葉だ。

遊びに入れてほしいとき、
何かを見せてほしいとき、
イヤだと伝えたいとき、などなど。

子供の世界は厳しい。
イヤだ、といいことを表現できないことは大変なことだ。
特にこちらの子はハッキリ断らなければ
「いいんだ」と解釈してしまうようなので、
断る、ということを日本以上にハッキリ言わなければならない。

これが言えるようになったこと、
断ってもいいんだということが理解できたことで、
少しだけ楽になってきたようだった。

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2008-10-16

お友達の家へ

学校に行き始めて2週間目くらいに、
友達の家に誘われた。

学校に迎えに行くと、息子の友達が私に話しかけてきたけど
子供の英語ってわからない!!

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息子に聞くと、
学校に勤めているお父さんが自分もいっしょに
友達の家に連れて行ってくれて、
帰りも家まで送ってくれる、、ということを言っているんだ
と思う、、と言うので、お願いすることにした。

子供は子供同士の会話がわかるようで感心した。
私はさっぱりわからなかった。がーーーん。。

帰ってくると、
「映画の中の家みたいだった。子供部屋は最高!」
と話し出し、

広い庭と、完璧な子供部屋。
豪華客船みたいな家だった、、と報告してくれました。

遊びは、あんまり言葉が必要ないみたいで、ホっとした。
友達は、そんなに嫌がるようなことをしてこない
大人しい子なので、いっしょにいて安心らしく、
このあとも、しばらく仲良しさんだった。

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2008-10-16

中世の仮装

1学期に、中世のことを勉強していた。

学校に教科書はなく、
先生の話を聞いたり、本を読んだり、
映画を見たりして、歴史を学び、考えていく。

その勉強の集大成として、
中世の人間になりきる!という日があった。

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中世のコスチュームを着てくるのだ。
仮装みたいなもの。

ダンボールやゴミのビニールで手作りしている子もいる、、
と聞いたので、子供もそんなに力も入れず、
家にあるもので作った衣装を着ていった。

ところが!
半分くらいの子はかなりの衣装。

本当に中世の世界から抜け出してきたような
王子様のような子もいたし、
大草原の小さな家のローラのような格好した女の子もいた。

ちゃんと布で作ってある洋服を着ていた!
これにはビックリ。かなり本格的だった。

中には、木製の剣を持っている子もいた。
しかも似合ってる。

親の徹底した協力体制にもびっくりしたけど、
勉強のテーマに合わせた仮装をするという発想がおもしろい。

この後も、コスチュームディは何回かあった。
なんでもいいから、おもしろい帽子をかぶる日。
何か黄色を身に着けてくる日。
何か物語の主人公の格好をしてくる日。などなど。

いつもの授業も、格好が違うだけで楽しくなるし、
とてもいいアイデアだと思った。

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2008-10-16

学校への持ち物

日本だと、ランドセルの中には
教科書とノートと筆箱などなど多くの荷物。

でもこちらでは、ランチとおかしとドリンクのみ。

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市販のアイスの箱をランチボックスにしている子が多かった

教科書はないし、
ノートも筆記用具も学校に置きっぱなしだ。

ドリンクは、ジュースでもなんでもOK。

おやつというのは、
モーニングティタイムに食べるためのもの。

ヨーグルトでも果物でも何でもいい。
お金を持たせて、売店でアイスを買ってもいい。

ランチは、最初の頃、
おにぎりやそぼろ弁当を持っていったのだけど、
まわりが興味津々でいろいろ言われるのがイヤだ、、
と言い出し、
みんなと同じものを持っていきたいと言い出した。

みんなと同じもの、、
それはトーストとジャム。
ときどきトーストとベジマイト。
(味噌みたいな味の栄養たっぷりと言われているペースト)

作るほうにとったら楽でいいけれど、
栄養バランスのことが心配で、
ときどきベーコンエッグサンドにしたりすると、

デラックス過ぎる!なんて文句も出る。

いったい他の子はどんなランチなのか?と聞くと、
本当にトーストや簡単なサンドイッチだけで、
お菓子だけの子もいるらしい。

持ってこない子もいるというから驚きだ。

食べた後のお菓子のゴミは、
そのままポーンと捨てる子が多く、
これも驚いたと言っていた。

日本みたいに生徒が掃除する機会がないから、
意識が足りないのか?

でも、ビーチや街はビックリするくらいきれい。。
なぜ学校だとゴミを捨てるんだろう?
なぜ、誰もいなくなった学校に上着や靴が落ちていて、
そのままになっているんだろう?不思議だった。

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2008-10-16

苦しみを見守る

1学期の終わり頃、担任の先生から、
「今週は、ひどく疲れているように見えた。」と言われた。

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夜、大丈夫なのかどうか、聞いてみた。

すると、

「今までは心が悲しくても顔は笑っていたんだけど、
それも疲れてきたら、
今週からは、心のとおりの顔をすることに決めたんだ・・」
と言う。

そういえば、この前、こんなことを言っていた。

「疲れることある?」と聞くと、
「日々、つらいこともある。」と言うので、

「つらいときは向上しているときで、
今は階段を上っているから疲れるんだよ。
一番つらいときは、一番階段を上る寸前のところだから
疲れるけど、上れるとラクになれるから」と話したら、

「でも、お母さん、本当に階段を上っているときは、
休むことができるけど、僕はいつ休めるの?」
と言われてしまった。

小さいのに、こんなに苦しんで、
しなくてもいい苦しみを与えてしまって、
連れてきてしまって、ごめんね、、という気持ちだった。

でも、きっと、きっと、この苦しみは
何かを彼の中に残すはず。

きっと、いつか、自信となるはず。

もう十分、がんばっている彼に
「がんばれ!」とは言えなかった。

「大丈夫だから」
「ありのままの自分でいいんだよ」

と言うしかできなかった。

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2008-10-16

1学期終了

1学期の終わり頃には、クラスの友達の言葉が
ほぼ理解できるようになっていたようだ。

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よく釣りに行きました。アジがよく釣れます。

語学学校の先生など、
身近な人とは英語だということを意識しないで、
緊張せず話すことができると言っていた。

行動範囲を広げることができたほうがいいと思い、
中古の自転車を買ってあげたら、
この頃には、
自分1人で釣りに行ったりもするようになっていた。

釣ってきた小魚は自分でさばいて、
塩コショウして、素揚げしたりもできるようになった。

よく3ヶ月が一区切り、というけれど、本当だ。

いろいろあったけど、大きな波を乗り越えて、
楽しむ余裕が出てきたように見える。

本当によかった。よくがんばった。

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2008-10-16

お泊り遠足

2学期に入ってしばらくして、オークランドへの1泊旅行があった。

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一緒の車だったお友達

学年の人数は50人弱。
バスをチャーターしていくのかと思ったら、
なんと父兄に車を出してほしいというお願いの手紙が来た。

ボランティアの車10数台が連なって、
途中山道もあるオークランドまで行くのだ。

それも驚いたけど、旅行の日程もすごい。

1日目
10:00 ロッククライミング
12:45 メガゾーンでレーザーストライク
     (たぶんセガワールドみたいなところ)
14:20 10ピンボーリング
17:00 マリン博物館でフィッシュアンドチップスの夕食
18:00 ギャラリー見学
19:00  ハーバークルージング
20:00  Beware Blackbead Stories
21:00  Ship’s Cook Supper
21:45  就寝

翌日
7:15   朝食
8:00   Gear out and Gallery visit
10:00 スケート
13:00 スイミングプール

ものすごくハードスケージュール。

これだけのスケジュールを、
よく車数10台でこなすことができたと思う。

宿泊は、博物館で、
昔の船員たちが寝泊りしていた部屋を
再現してあるコーナーがあって、
そこに寝たとのこと。
(しかも、電動で実際の海の上のように揺れる)

普通は、宿泊できない場所に泊まらせてもらったようだ。
アイディアがいい。

宿泊代、食費すべて込みで100ドル(約7000円)だった。

このお金を自分で稼ぐために、スーパーの前で
フルートを吹いてお金集めをしている子もいた。

みんな、学校でかかる費用や、
自分達が勉強のためにどこかに行く場合、
小さい子でも自分ができる何かをやることで、
お金を寄付してもらったりする。

小冊子や新聞配達のアルバイトも11歳くらいからやっている。みんな、たくましい。

最初、この旅行を不安げにしていた息子も、
楽しんで帰ってくることができた。

ゲームセンターに行ったら、
日本の中古のゲーム機がかなりあって、
最初の選択画面とか日本語だから、
みんなはわからなくて苦労しているのを
通訳してあげたらしい。引っ張りだこだったようだ。

意外な場所で、日本語ができることが重宝がられた。
そんな、こんなで、けっこうみんなの中に入ることができて、
楽しかったようで、何よりでした。

ちなみに、夕食はフィッシュ&チップスのみ。

朝食は牛乳とコーンフレーク。
昼食はマクドナルドのハンバーガー。
なんだか、口内炎できそうなメニューですが、、、

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2008-10-16

誰もいない

街には小さな映画館があり、
いい映画が来ると授業の一環として
クラス単位で見にいくこともありました。

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昼休み後に映画に行く予定だったとき、
他のクラスの子と遊んでいた息子。部屋に戻ったら、

誰もいない。。。

みんな行ってしまっていたのです。

焦って隣にクラスに事情を言いに行き、
その先生が職員室に行ってくれて、
受け持ちのない先生が車で送ってくれたそうです。

映画館に着いても、担任の先生は、
「あっ、いなかったの?気がつかなかったわぁ~」
みたいなリアクションだったそうで、
日本の学校との違い、と、
自己責任の国であることを実感したようでした。

日本だと、絶対「点呼」とか
「**さんがいませ~ん」となりますよね。

そういう感覚がないんですね。

各自、用事があって休んだり、早退したり、
というのが多いせいもあるかもしれません。

例えば、1週間、2週間学校を休んでも、
「おい、どこに行ってきたんだよ」
という干渉もないようでした。

干渉がなくて楽な面と、こういう大変な面とあるようです。

これは、まだ一学期の頃だったので、
本人も言葉がまだまだ不自由なときだったので、
相当焦ったようでした。

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2008-10-16

マオリ文化の授業

ニュージーランドの原住民マオリ族。
この国では、このマオリの文化を大切にしています。

新学期や学期末の会でも
マオリ語と英語の両方で挨拶があるし、
新入生や交換留学生を迎える際もマオリの歌で歓迎します。

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無料でマオリ語を習うチャンスも多いです。
最近では、日本でも有名な「ハカ」の踊り
(ラグビー試合前にやるあの踊りです)
を習う若者も多いようです。

息子の通うエリアスクールでも、週に1度、
マオリ語のクラス、マオリの踊りのクラスがあります。

マオリ語はハワイの言葉とよく似ていて、
母音、子音が並ぶ発音なので、
西洋人よりも日本人のほうがうまく発音できるようです。

マオリ語が少しわかると、
地名の意味も理解できるようなるので、
街を訪れる前に、どんな場所なのか想像できるのは
楽しい点です。

例えば、温泉地で有名なROTORUAは、
ROTOが湖。RUAが2。
2つの湖という意味。

こんな感じに、
その土地の特徴がそのまま地名になっているのです。

学校には、マオリの子供達だけのクラスもあります。
日常会話も英語になってきている今、
マオリの言葉と文化を伝承していく上で必要なのでしょう。
マオリの子供達だけが通う学校もあります。

こちらに来る前には、
マオリの文化を勉強できるなんて思いもしなかったけれど、
この国独自の文化を学ぶ機会が持てて、
よかったと思っています。

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2008-10-16

家を借りること

到着して、最初の3週間はホームステイ。
その後は、フラットを借りた。

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数年前に、日本の某留学代理店に問い合わせをしたところ
「異国から来た親子に簡単に家を貸すなんてありえない」
「だいたい考えが甘すぎる」と言われ、
すっかりヘコんでしまったことがあったのだけど、

お世話になっている語学学校で、紹介してもらって、
簡単に家を借りることができた。

、、というか、数日、1週間単位で
誰でも家を借りることができるんです!!

大都市だったり、夏のトップシーズンだったりすると、
借りることが難しいかもしれないけど、
それ以外は、語学学校やフリーペーパーに
入居者募集の広告が出るので、
そこに連絡すれば借りることができる。

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