Jump to navigation
2006-05-03
Vol.12 オランダ・ベルギー・フランス(GW家族旅行編)
私が海外に行き始めたころ、父は海外に行くことを常に反対していた。
海外に行った事のなかった父は、異国の地が凶悪に思えたのだろう。
始めての海外は参加人数の多いアメリカ短期留学。
朝から晩まで何度もしつこくお願いし、やっと許可をもらって行く事ができた。
海外は楽しい。見聞を広げる為には、行動するしかない。
その後もお金を貯めては海外旅行ばかりしていた私に、
父は、海外旅行禁止命令をくだした。
もちろん、そんな命令を聞くはずがない。
反対されればされるほど、行きたくなるに決まっている。
どうせ怒られるならと思い、内密に旅行計画を立て、出発直前に、今からアメリカに行ってくる、と言って大喧嘩したこともあった。(ひどい娘だ!)
そんな父も、友達に誘われ、母を伴い海外旅行に行くようになった。
初めて行ったのは確か、韓国だっただろうか?
当時アジアに興味がなかった私は、どうせ行くならもっとと多くに行けばいいのに・・・
と内心思っていたが、帰国後の父はひたすら感想を述べ、
(母の方が興奮していたが・・・)
海外の文化に触れた父は、案の定、海外旅行にはまった。
似たもの親子とは私達のことを言うのだろうか?
いつか私にヨーロッパに連れて欲しい!という両親の希望から、
数年前のゴールデンウィークに妹を助手にし、4人でヨーロッパに向かった。
幸運にも、往路はビジネスに乗れ、浮かれる両親と妹。
これから強行プランが待っていると言うのも知らずに・・・。
アムテルダムに到着後、すぐにブリュッセルに向かう。
夕方到着だったので、ブリュッセルに着く頃にはもう真っ暗になっていた。
もちろん、電車に乗るのは初めてのこと。
しかも乗り換えの地下鉄は暗く、ビクビクしていた。
それもそうだ、私以外はヨーロッパが初めて。
そうでなくても、知らない場所を夜行動するのは誰だって怖い。
飛行機に長時間乗っているだけでも疲れるのに、さらに疲れさせてしまい、
ちょっとやりすぎたかなぁ?と反省した。
翌朝、ペルギー市内を観光し、ブルージュに移動。
移動しやすいように、リュックに各自の荷物を入れ、重たいものは持っていかないようにしていた。
私自身、ブルージュ訪問は初めてだったので、ブルージュまでの車窓を楽しんだ。
ベルギーワッフルを楽しむ母と妹、周りをキョロキョロ見回す父。
昨夜の電車とは違い、みんな安心して乗っていた。
ブルージュは、運河の町。友達に是非一度行ってみて!と言われていた。
確かに、すごくきれいで素敵な町。
小船で運河を巡ってみる。とりあえず、手を振りまくる母、建物を色々見る父、そして、写真を撮りまくる私。曇っていていたのが残念だった。
ブルージュを後にし、パリへ向かう。
予約していたTGVの席に、黒人男性が一人座っている。
あれ?私達の席なんだけどおかしいなぁ・・・。
何度言ってもどいてくれない。私の英語が通じないのか?
こっちのチケットを見せるのは嫌だったが、どうしても動かないので、
チケットを見せて私の席だ!と主張してみた。
それでも、むこうも自分の席だ!と言い張る。
こうなったら、駅員に頼むしかない。
近くにいた、売店の人に席に他の人が座っている!と伝え、
どいてもらうように言ってもらった。
強情なその人は、どうやら、電車自体を間違えていたらしく、
(席番号はあっていたらしい)慌てて電車から飛び降りた。
彼の乗る電車は、おそらく出発寸前だったのだろう。
電車から直前、売店の人にホームはどこ?と聞いていた。
そして、私達に軽く謝り消えていった。
だから、何度も言ったのにねぇ!と、急に強くなる母。
正直私はビクビクしていた。振り返ると父も妹もビクビクだった。
パリのホテルは何故だか屋根裏部屋のような部屋で、
部屋のドアを開けるとすぐ螺旋階段があり上に部屋がある。
従業員の部屋ではないか?と思うほど狭く、壁が途中から
斜めになっていてとっても使いにくかった。
2部屋とも同じような部屋。
小窓を開けると正面に父と母が同じく窓を開けていたので驚いた。
まだ明るかったので、凱旋門に向かう。夕日の沈むところを凱旋門に上って見ることにした。ちょうどパリ市内を夕日が照らしていてとてもきれいだった。
翌日、ベルサイユ宮殿へ向かう。
ちょうどツアーの観光者が到着した時間と重なり入り口は大渋滞。
押されながら入り、ちゃっかり日本人ガイドの話を聞きながら移動した。
(混んでいて前に進めず、聞いたと言うより聞こえちゃった感じ)。
それでも、そんなに興味のない我が家はさっと見て周り、
午後にはパリにもどり今度はエッフェル塔に向かった。
5月初旬の天気にしては汗ばむ陽気で、エッフェル塔も混雑していた。
エッフェル塔を出て、反対のシャイヨー宮で少し休憩をする。
エッフェル塔を眺める父、母、妹の三人がとても自然だったので、
なんとなく写真で撮ってみた。
現在、実家の玄関には凱旋門の写真が、階段の途中にはエッフェル塔を眺める3人の写真が飾ってある。
私の写真を気に入ってくれている両親が、飾ってくれているのだ。
パリをちょっとだけ堪能し、夕方、アムステルダムに向かう。
夜ホテルにつき、別々の離れた部屋でくつろいでいると、
突然内線が鳴った。
母からの電話で、何かトラブルが合ったらしい。
妹と慌てて両親の部屋に行くと、
ホテルスタッフに父が何か言われていた。
全く英語の分からない父は、日本語で「分かりません!」と答え続けていた。
私が聞いてみると、バスタブにお湯をためるな!と言っていた。
お湯をためる音が響いてうるさいらしい。
えっ?あんな小さいバスタブにお湯???
のぞいてみると、お湯をためている・・・。
スタッフに謝り、父に事情を説明した。
湯船につかるのが好きな父は、我慢ができなかったらしい。
色んなところに連れて行ったので、相当疲れていたんだろうなぁ
と私も反省したが、翌朝、また懲りもせず父はバスタブにお湯をためた。
もちろん、朝方、スタッフが注意しにやってきた。
が、学習したのか?次はドアを開けるものか!と
父はホテルスタッフをずっと無視し続けたらしい。
チェックアウトするのが恥ずかしかった。
そして父の一番の希望だった、水車を見に行く。
アムステルダムから電車で程近いキューケンホフという町。
風車が立ち並び、オランダに来た!と実感できる。
え~風車??と一番興味のなさそうだった妹が一番はしゃいでいた。
大きな木靴に入ってみたり、風車の小窓から顔を出したり。
父は風車を見つめていた。何か思い出でもあるのだろうか?
母は花とお土産に夢中だった。
短いゴールデンウィークの家族旅行。
短いながらもそれぞれの心に思い出は残っている。
海外に行った事のなかった父は、異国の地が凶悪に思えたのだろう。
始めての海外は参加人数の多いアメリカ短期留学。
朝から晩まで何度もしつこくお願いし、やっと許可をもらって行く事ができた。
海外は楽しい。見聞を広げる為には、行動するしかない。
その後もお金を貯めては海外旅行ばかりしていた私に、
父は、海外旅行禁止命令をくだした。
もちろん、そんな命令を聞くはずがない。
反対されればされるほど、行きたくなるに決まっている。
どうせ怒られるならと思い、内密に旅行計画を立て、出発直前に、今からアメリカに行ってくる、と言って大喧嘩したこともあった。(ひどい娘だ!)
そんな父も、友達に誘われ、母を伴い海外旅行に行くようになった。
初めて行ったのは確か、韓国だっただろうか?
当時アジアに興味がなかった私は、どうせ行くならもっとと多くに行けばいいのに・・・
と内心思っていたが、帰国後の父はひたすら感想を述べ、
(母の方が興奮していたが・・・)
海外の文化に触れた父は、案の定、海外旅行にはまった。
似たもの親子とは私達のことを言うのだろうか?
いつか私にヨーロッパに連れて欲しい!という両親の希望から、
数年前のゴールデンウィークに妹を助手にし、4人でヨーロッパに向かった。
幸運にも、往路はビジネスに乗れ、浮かれる両親と妹。
これから強行プランが待っていると言うのも知らずに・・・。
アムテルダムに到着後、すぐにブリュッセルに向かう。
夕方到着だったので、ブリュッセルに着く頃にはもう真っ暗になっていた。
もちろん、電車に乗るのは初めてのこと。
しかも乗り換えの地下鉄は暗く、ビクビクしていた。
それもそうだ、私以外はヨーロッパが初めて。
そうでなくても、知らない場所を夜行動するのは誰だって怖い。
飛行機に長時間乗っているだけでも疲れるのに、さらに疲れさせてしまい、
ちょっとやりすぎたかなぁ?と反省した。
翌朝、ペルギー市内を観光し、ブルージュに移動。
移動しやすいように、リュックに各自の荷物を入れ、重たいものは持っていかないようにしていた。
私自身、ブルージュ訪問は初めてだったので、ブルージュまでの車窓を楽しんだ。
ベルギーワッフルを楽しむ母と妹、周りをキョロキョロ見回す父。
昨夜の電車とは違い、みんな安心して乗っていた。
ブルージュは、運河の町。友達に是非一度行ってみて!と言われていた。
確かに、すごくきれいで素敵な町。
小船で運河を巡ってみる。とりあえず、手を振りまくる母、建物を色々見る父、そして、写真を撮りまくる私。曇っていていたのが残念だった。
ブルージュを後にし、パリへ向かう。
予約していたTGVの席に、黒人男性が一人座っている。
あれ?私達の席なんだけどおかしいなぁ・・・。
何度言ってもどいてくれない。私の英語が通じないのか?
こっちのチケットを見せるのは嫌だったが、どうしても動かないので、
チケットを見せて私の席だ!と主張してみた。
それでも、むこうも自分の席だ!と言い張る。
こうなったら、駅員に頼むしかない。
近くにいた、売店の人に席に他の人が座っている!と伝え、
どいてもらうように言ってもらった。
強情なその人は、どうやら、電車自体を間違えていたらしく、
(席番号はあっていたらしい)慌てて電車から飛び降りた。
彼の乗る電車は、おそらく出発寸前だったのだろう。
電車から直前、売店の人にホームはどこ?と聞いていた。
そして、私達に軽く謝り消えていった。
だから、何度も言ったのにねぇ!と、急に強くなる母。
正直私はビクビクしていた。振り返ると父も妹もビクビクだった。
パリのホテルは何故だか屋根裏部屋のような部屋で、
部屋のドアを開けるとすぐ螺旋階段があり上に部屋がある。
従業員の部屋ではないか?と思うほど狭く、壁が途中から
斜めになっていてとっても使いにくかった。
2部屋とも同じような部屋。
小窓を開けると正面に父と母が同じく窓を開けていたので驚いた。
まだ明るかったので、凱旋門に向かう。夕日の沈むところを凱旋門に上って見ることにした。ちょうどパリ市内を夕日が照らしていてとてもきれいだった。
翌日、ベルサイユ宮殿へ向かう。
ちょうどツアーの観光者が到着した時間と重なり入り口は大渋滞。
押されながら入り、ちゃっかり日本人ガイドの話を聞きながら移動した。
(混んでいて前に進めず、聞いたと言うより聞こえちゃった感じ)。
それでも、そんなに興味のない我が家はさっと見て周り、
午後にはパリにもどり今度はエッフェル塔に向かった。
5月初旬の天気にしては汗ばむ陽気で、エッフェル塔も混雑していた。
エッフェル塔を出て、反対のシャイヨー宮で少し休憩をする。
エッフェル塔を眺める父、母、妹の三人がとても自然だったので、
なんとなく写真で撮ってみた。
現在、実家の玄関には凱旋門の写真が、階段の途中にはエッフェル塔を眺める3人の写真が飾ってある。
私の写真を気に入ってくれている両親が、飾ってくれているのだ。
パリをちょっとだけ堪能し、夕方、アムステルダムに向かう。
夜ホテルにつき、別々の離れた部屋でくつろいでいると、
突然内線が鳴った。
母からの電話で、何かトラブルが合ったらしい。
妹と慌てて両親の部屋に行くと、
ホテルスタッフに父が何か言われていた。
全く英語の分からない父は、日本語で「分かりません!」と答え続けていた。
私が聞いてみると、バスタブにお湯をためるな!と言っていた。
お湯をためる音が響いてうるさいらしい。
えっ?あんな小さいバスタブにお湯???
のぞいてみると、お湯をためている・・・。
スタッフに謝り、父に事情を説明した。
湯船につかるのが好きな父は、我慢ができなかったらしい。
色んなところに連れて行ったので、相当疲れていたんだろうなぁ
と私も反省したが、翌朝、また懲りもせず父はバスタブにお湯をためた。
もちろん、朝方、スタッフが注意しにやってきた。
が、学習したのか?次はドアを開けるものか!と
父はホテルスタッフをずっと無視し続けたらしい。
チェックアウトするのが恥ずかしかった。
そして父の一番の希望だった、水車を見に行く。
アムステルダムから電車で程近いキューケンホフという町。
風車が立ち並び、オランダに来た!と実感できる。
え~風車??と一番興味のなさそうだった妹が一番はしゃいでいた。
大きな木靴に入ってみたり、風車の小窓から顔を出したり。
父は風車を見つめていた。何か思い出でもあるのだろうか?
母は花とお土産に夢中だった。
短いゴールデンウィークの家族旅行。
短いながらもそれぞれの心に思い出は残っている。